画一教育からこぼれでた子どもたちの集う場所。傍らに寄りそうのは、捨て猫だった灰色の猫だ。
静岡県天竜川のそばに、「ドリーム・フィールド」はある。市内の高校で21年間教師をしていた大山さんが、15年前に作ったフリースクールだ。
現在は、6歳から30代まで、およそ50人が通ってくる。不登校や発達障害など、一斉画一教育になじむことができなかった生徒たちだ。
ここには、猫も暮らしている。スクールの2代目スタッフ猫のごまちゃんだ。まだ若いが、灰色のどっしりした雄猫で、スクール内を自由気ままに歩き回っている。捨て猫だったごまちゃんは、ゆるーい感じで、ここに溶け込んで暮らしている。
中には、猫がちょっと苦手な生徒もいて素通りされるが、いろいろな子がごまちゃんを撫でたり、話しかけたり、笑いかけたりしていく。
「のんびり、ゆったりした『ゆるさ』を持ち、互いを許し合える環境の中で、子どもたちが信頼感のある横の関係を築ける場所でありたい」というのが、ここのモットーだから、「ゆるさ」そのもののごまちゃんは、まさにそれを具現する存在なのだ。
スクールの最初の猫は、「トムリン」というスモーキーな黒猫だった。スクールを開いた年に、ケガをしていた生後間もない仔猫をスタッフが拾ってきたのだ。
スクールで飼い始めたところ、何かが変わったと、大山さんは言う。
「学校でのいじめに傷ついていた子も、自信を無くして元気がなかった子も、気がつけば、トムリン相手に穏やかな顔になっている。あれ、猫がいるっていいもんだなあ、と思いましたね」
フリースクールの生徒は増えていき、福祉施設としての認可を受け、親の学費軽減を図ることにした。
また、18歳以上となった子たちの、社会への自立をサポートするために、就労支援事業所として、カフェも開くことにした。
開店するにあたり、大事にしたこと。それは、「お涙ちょうだい」的な福祉事業所ではなく、スクールのみんなが胸を張り、自信を持って働けるような魅力的な店にすることだった。
キーワードは、猫!
「働きやすいように、やさしい人が集まる店にしたかった。それで、猫をテーマとしたスイーツや雑貨があり、看板猫も常駐する店にしたんです。猫好きは、たいていやさしい人ですからね」
店の名は、「雑貨カフェいもねこ」。
トムリンくんひとりで看板猫は大変だ。そこで、市内の「捨て猫ゼロの会」からやってきた長毛サビ三毛の保護猫ハルちゃんも、交代の看板猫として、スタッフの家から通ってくることに。
18歳以上になったスクール生は、「カフェ」「工房」「菜園」と、適材適所に分かれて、それぞれが自立の場を得ている。
誰にでもフレンドリーで、「トムリンがいるからスクールに行こう」という子もいたほどの人気猫トムリンくんは、おととしの秋に天国へ旅立った。
現在は、スクール暮らしのごまちゃんと、スタッフの飼い猫ハルちゃんが、交代でカフェの看板猫を務めている。
猫たちにストレスのないよう、カフェには特大の3段ケージ2組が用意されている。
その中でまったりとくつろいでお客さんを歓待するハルちゃんとごまちゃんは、大人気。
「食事や猫との触れあいを楽しんでもらったあとで、『あれ、福祉事業所って書いてあるけど?』『福祉って何だろう?』『障がいって何?』と考えてもらえれば」と、大山さんは願っている。
非番の日は、スクールでいっそうのんびりと過ごすごまちゃんには、キャットタワーやベッド、爪とぎなど完備の、自分の部屋がある。そこに入りびたりでずっとごまちゃんと遊ぶ子もいる。
スタッフのひとりは言う。「猫が1匹、気がつけばそこにいるだけで、雰囲気が明るくなるし、みんなの気持ちも癒されていると思います」
猫は、そっと教えてくれるに違いない。「みんな、ぼくたち猫みたいに、競わず争わず、縛られず、もっと自由に気ままに生きればいいんだよ」と。
※この物語は、2019年発行当時のものです。
写真と文:佐竹茉莉子