静かな住宅地の角にあるカフェの出窓で、今日もまだらちゃんは町の景色を眺めています。遠い昔、彼と暮らした原っぱは、もうないけれど。
アタシの名は、まだら。面倒を見てくれるエイコさんがつけた名よ。エイコさんは、娘のアヤコさんといっしょにここで、オーガニック・カフェをやってるの。
カフェには出窓があって、アタシはいつもそこに寝そべって、遠くを見てる。今はガソリンスタンドになってしまったけど、昔は空き地だった方をね。
通りかかる人が、アタシを見て微笑んだり、声をかけたりしてくれる。自転車から下りて撫でていく人もいるし、おやつをくれる人もいるわ。
アタシのこと、すごく気に入って、アタシの過去を尋ねたお客さんに、エイコさんとアヤコさんはこんな話をしてた。
「まだらちゃんにはね、うら若い頃、ラブラブの彼がいたんですよ」
「もう好きで好きでたまらない、って感じで原っぱでいつも寄り添ってたわね」って。
アタシの恋は、語り草になるほどだったみたい。
アタシは、この土地のノラの子。物心ついた時には、ひとりだった。その当時、この辺はまだまだ空き地だらけだったわ。ご飯は自転車で運んでくれる人がいた。
でも、その人、アタシのこと、病院に拉致して手術受けさせたから、そのあと指一本触れさせやしなかった。
ある時、流れ者のおじさん猫が現れた。ずっとずっと年上だったけど、アタシは恋におちた。いつもいっしょだったわ。
おじさんは、大きな体をしてたけど、とっても穏やかでやさしい猫だった。アタシたちは、宿無しだったけど、しあわせだった。
ある朝、突然、おじさんは一歩も動けなくなったの。アタシは、おじさんのそばで大声で泣き続けるしかなかった。
ご飯を運んでくれる人が、アタシの泣き声に驚き、横たわるおじさんを発見して、自転車のカゴに乗せて走り出した。
アタシは、懸命に自転車を追いかけたわ。空き地から出たことなんてなかったけど、走って走って追いかけた。だけど、大通りの交差点で、立ちすくむしかなかった……。
空き地で待っても待っても、それきりおじさんは帰ってこなかった。おじさんを連れてった人がしばらくたってアタシのことも捕まえに来たけど、逃げ回ったわ。
アタシはまだ若かったから、そのあと、いろんなオス猫が言い寄ってきたけど、相手にしなかった。
あれから、10年くらいたったかしら。アタシは、カフェに出入り自由の猫になって、町の人たちにもお客さんにもかわいがられてる。
今日もアタシはカフェの出窓。ガソリンスタンドになってしまったけど、アタシの目には、あの頃の空き地が見える。おじさんがそこに帰ってくるのを、アタシは今も待っているの。
動物病院へ運びこまれたおじさんは、「ショック性半身不随」の診断を受けました。誰かに放り投げられたのだろうということでした。当時、空き地の工事が始まったばかり。まだらちゃんはそのあと、作業服の人を怖がるようになりました。おじさんを病院に運んだ人は、外で暮らせない身となったおじさんを自宅マンションに迎えました。まだらちゃんもいっしょに迎えてやりたいと思い、何度も保護を試みましたが、まだらちゃんはけっして捕まりませんでした。おじさんが、手厚い介護を受け、1年半後に旅立ったことを、まだらちゃんは知りません。(著者補足)
※このエピソードは、本が発行された2018年当時のものです
写真と文:佐竹茉莉子