猫と本で幸せを届ける書店「ネコオドル」

店前のスーパー「ベルク」の駐車場で保護したからベル(奥)。ミルクのように真っ白だったミルは、きれいなシャムトラ柄に成長

埼玉県寄居町にある小さな本屋、その名も「ネコオドル」。猫に関する本(猫本)が500冊以上並ぶ。県内の図書館で司書をしながら本屋を営む店主の清水久子さんがセレクトしたものだ。ともに店番をするのは4匹の愛する飼い猫たち。お客さんたちとの交流を通じて猫愛を育んでいる。

文・片山琢朗 写真・芳澤ルミ子

清水さんが開店の準備を始めると、猫たちも一緒に店に出てくるそう

 

猫のように気まぐれに

わずか2.5坪の店内に並ぶ1000冊弱の本。その半数以上が猫本だ。司書として日ごろからたくさんの本に触れる清水さんが選ぶ絵本やエッセイなど、自身の好きなものだけを置いている。

2019年のオープン当初は、猫本の扱いはわずかだった。それでも「ネコオドル」という店名から、猫好きのお客さんが猫本を求めて次々やって来た。「猫本を置いても良いんだ!」といううれしい気付きを得て、その数はみるみる増えていった。

「赤ちゃんや子どものための猫の絵本も置くようになりました。猫好きに育ってほしくて(笑)」

お客さんが来ると自分からグイグイ寄って行くというベル。来客を今か今かと待ちわびている

 

お客さんの目当ては猫本だけではない。ときどき店に顔を出す4匹の猫の存在だ。自宅の一角を本屋として改装し、猫たちは自由気ままに自宅と本屋を行き来する。

取材の日は、人が好きなベル(5歳♀)と新参者のミル(2歳♀)が店番をしていた。看板猫として店番歴が最も長いモロ(11歳♂)は、気が乗らないのかこの日はお休み。臆病者のナナコ(12歳♀)は、本棚の上に乗るのは好きだが人が苦手なので、滅多に店には出て来ないらしい。

「いつも必ずいるわけじゃないんです。猫なので」と清水さん。また、普段は司書の仕事があるため、店を開けられるのは週に1~2回ほど。店自体も猫のように気まぐれに開くスタイルだ。

お客さんを呼び込んでいるのかな? それとも踊っているのかな?

 

やっぱり猫が好き

清水さんのそばにはいつも猫がいた。これまで飼った猫は20匹以上。幼稚園のころに親戚から譲り受け、初めて迎え入れたのは子猫の姉妹クロとチョンコ。へその緒が付いたままタオルにくるまれて捨てられていた、三毛猫の男の子ミノル。女の子だけど狸のような風貌からぽんたと名付けた箱入り娘は、18歳まで生きてくれた。そこにいて当たり前だった猫の存在。その見方が変わったのは、20代で一人暮らしを始めたころだった。

「猫がいない生活になったことで初めて気付いたんです。猫がいる暮らしの豊かさに。自分が無類の猫好きだと、そこでようやく自覚しました」

埼玉県毛呂山町からやって来たからモロ。店番猫としてはベテランの域 (写真提供・清水久子)

 

本屋を始めようと思ったキッカケのひとつも、やっぱり猫だった。勤務先の図書館で偶然手にした絵本『ネコヅメのよる』(岩崎書店)だ。

愛猫家としても知られる画家の町田尚子さんによる一冊は、猫好きの間でも有名。ある夜、猫たちが外に出て集会を開き、まるでネコヅメのような三日月を皆で眺めるというストーリー。「表紙のインパクトと猫それぞれの表情にやられた」という清水さんは、たくさんの人に本を薦めた。

とは言え、司書としては自分が好きな本だけを案内するわけにはいかない。「だったら自分が好きな本だけを扱う場所を作れば良いんだ」と一念発起し、1年以上の準備期間を経て「ネコオドル」をオープンさせた。愛する猫と猫本に囲まれた、特別な場所の誕生だ。

家族が働くコンビニに迷い込んできたナナコは、出会えたらラッキー(写真提供・清水久子)

 

踊る猫が幸せを運ぶ

営業中は思い思いに過ごす猫たち。ごはんや遊びの時間には店番そっちのけで持ち場を離れたり、接客かと思いきや「本なんか見てないで撫でて」と言わんばかりにお客さんにすり寄ったりと、残念ながら猫の手は借りられていない様子。

それでも「猫たちに会いに来てもらえるだけでうれしい。猫の話で盛り上がれる場所になれば」と、清水さんの夢は膨らむ。

思いが詰まった店名は、寄居町の民話から名付けた。毎晩、寺の猫が茶釜を持って踊りいたずらをするので、和尚は仕方なく追い出すのだが、「これまで大切にしてくれたお礼に」と猫がある予言を残す。その予言に従ったところ、寺の評判があがり繁盛したという恩返しの話だ。

「踊る猫が幸せを運んで来るといった話は、実はたくさんあります。たとえば猫が遊んでじゃれていたり、へそ天して寝ていたりする姿もまるで踊っているようで、私には健康的で幸せそうな姿に見えるんです。だから踊る猫って幸せの象徴なのかも?って」

店名と同じ絵本『ねこ おどる』(広瀬克也著、絵本館)は、清水さんの推しの一冊

ナナコもモロもベルも、知人から譲り受けたり、保護したりした元ノラ猫。ミルに至っては、ある日突然家の中に入って来たのを、そのまま家族として迎え入れた。清水さんには、猫を「世話してあげている」「面倒をみてあげている」という感覚はない。「同じところで一緒に生きている」、ただそれだけのこと。「ここにいたくないと思えば出て行ってしまうかもしれません。今一緒にいてくれているということは、一緒にいたい存在でいられているのかな?」

甘えん坊なミルは、清水さんにベッタリ。寝るときも一緒

 

猫愛の押し売り

猫が疎ましがっていると分かっていても、それでもかまいたくなるのが猫好きの本能。「つい触ってしまう、ベタベタしてしまう。いつもみんな迷惑そう。それでも触りたい」と、清水さんの猫への愛は止まらない。いつからか近所の外猫たちにも話しかけるようになっていた。人間は怖くないと分かってほしいから。おかげで挨拶を交わす仲良しの地域猫も増えた。

理想はハルノ宵子さんのエッセイ『それでも猫は出かけていく』(幻冬舎)だ。

「家猫のみならず、近所の猫にもまんべんなく愛情を注いでいることが分かる本。私が目指す猫との共生です」

 

靴を脱いで床に座り、猫と戯れながら読みたい本を選べるスペースも

 

今夏で店は7年目を迎える。地元の本屋もどんどん消えていくなか、見据えるのはお客さんに寄り添う街の本屋。それでも品揃えは変わらない。自分が愛する猫本だ。

「自分の『好きの押し売り』かもしれない。それでも人と本をつなぎ、新しい可能性を引き出すお手伝いがしたい。猫がいなければ、こんなに豊かな気持ちになれる場所にはならなかった。感謝しかない。これからもよろしくね」

猫からもらった幸せを、お客さんに還元する。

ネコオドル
埼玉県大里郡寄居町寄居616-9
営業日:SNSで告知
営業時間:11:00~18:00
X(Twitter):@chacoaqua
Instagram:nekoodoru_books

-猫びより