心は猫が癒やし、身体は先生が施術 連携プレーの「猫整体」

「整体の仕組みを解説しましょう」。
取材時は顎ニキビを掻いて傷ができていたので、カラーを着用のチャイ

整体院は肩や腰などが痛くなったときに訪れるところ。だから基本的には「行きたい」と思う場所ではない。ところが長野県安曇野の「キュベレイ」は、痛みがなくても通いたくなる整体院だ。なんたって終身雇用の猫スタッフたちの「プレ施術」が見事なのである。

文・鈴木美紀 写真・芳澤ルミ子

北アルプスの山並みを望む、林の中の白亜の一軒家。1階が整体院「キュベレイ」だ。そのロケーションだけでも自然と深呼吸したくなり、心身のサビが洗われて軽くなっていく気がする。

チャイムを鳴らしてドアを開けると、猫脱走防止用の内ドア。「猫の予感」に心の準備をする間もなく、2階の住居スペースから猫たちが下りてきて迎えてくれた。

看板猫筆頭のキジトラの小豆(あずき)(7歳♀)と、白猫の白湯(さゆ)(1歳♂)、茶白のチャイ(1歳♂)の3匹が、キュベレイ猫スタッフ中の3トップである。

先生が横になると「自動的に」乗ってくるという小豆

「猫が邪魔なら……」「とんでもない!」
待合室に入り、飼い主である整体師の中野博史先生から初診用の問診票を受け取ると、さっそく3匹がお仕事開始。隣にやってきて「どこが痛いの?」とでも言いたげな小豆、「ここに座っていいよ」といった感じでソファに誘導する白湯、「症状を書くんだよ」とペンの動きを覗き込むチャイ―。

いやいや、猫だから決して接客するわけでも受付するわけでもない。だが、人見知りもせず近づいてきてくれる猫たちに囲まれ
ていれば、もう痛みの何割かは軽減されている気がする。

「僕が応対するよりも猫たちのほうがよっぽど優秀な受付で、お客さんはくつろいだ笑顔になるんです」と中野先生。特に小豆
は、気に入ったお客さんの膝の上に乗ってくることも珍しくないという。その様子をSNSで『猫が邪魔でしたら、どかします』として投稿したところ、大反響!猫好きからの「どんどん乗ってきてください!」のコメントとともに「行きたい」という声が沸きあがった。

フレンドリーな小豆。可愛い鳴き声もお客さんに好評で「にゃぁ」という声だけで癒やされる

施術前の時間が楽しすぎる!
「お客さんが待合室にいる間、私は手の消毒など施術の準備をしています。猫が膝に乗ってお客さんが嬉しそうにしているときは、長めに手を洗うようにします(笑)」。猫好きに対する配慮がにくい。

何回か通ううちに「推し」の猫ができて、「ご指名」してくるお客さんもいるとか。「猫たちが接客するかどうかはそれぞれの個性と気分次第とはいえ、指名があれば顔見せぐらいはきっとしますよ」。

先生を「猫の魅力」へと導いたのは、昔から猫好きの副院長の奥様。
正看護師の資格を持ち、猫スタッフのサポートもこなす

中には猫が苦手な人もいるが、予約時に伝えれば猫の出入り口を閉鎖し、掃除と消毒、換気を徹底して対応。また、苦手ではないが猫に慣れていないお客さんもいて、膝に乗られると下ろすことができずに困惑する場面もあったという。「私が『準備できました』と声をかけてもまだ小豆が膝の上で丸まっていて、『えっと、猫はどうすれば……』と戸惑っていらしたので私が強制的に下ろしました(笑)」。

そんなに乗っていてもらえるなんて、なんともうらやましい話だ。「とはいえ、いつでもそうとは限りません。なぜなら、猫だから。気まぐれなのはお許しください」。

1匹だけではなく、2匹も3匹も「接客」してくれることもめずらしくない

「痛い→怖い→さらに痛い」の負の連鎖を、猫たちが緩める
「猫整体」というと猫が身体の上に乗ってきてマッサージしてくれるイメージだが、もちろん実際は、人間の中野先生のみが施術を行う。猫スタッフの仕事は待合室だけで、施術中は仕切りの扉を閉めて施術室に猫たちが入ってこないようにする。写真のよう
に猫たちに乗ってもらえるのは、閉店後にくつろぐ中野先生の特権だ。「いいなぁ」とも思うが、待合室での「接待」に満足して、施術は中野先生のゴッドハンドにお任せしよう。

チャイは先生夫妻からミルクをもらって育ったせいか、人間大好きで甘えん坊。デスクワークのときも「一緒にいたい!」

「うちではまず、痛みの原因がケガや病気で病院に行く必要があるかどうかを判断します。その後整体を行いますが、痛みとは複雑なもので、脳だけが痛いと思い込んでいるケースも多々あるのです」

身体的・機能的には動かして大丈夫であっても、過去に痛かったことを脳が記憶していて、「怖い」という司令で身体に伝え、動作が困難になることがあるのだという。

「恐怖心や不安が、痛みを生み出したり増幅させたりする場合があるわけですが、そんなとき、猫の存在が役に立ちます。猫を
『可愛い!』と思う気持ちが痛みへの警戒心を忘れさせ、こわばった脳や身体が、リラックスして緩んでくることも多いんですよ」

小豆は「自分がいちばん可愛いと思っているような気質です」

猫が可愛くて思わず身を乗り出す。あれ、こんな姿勢でも痛くない!?
たとえば腰が痛くて前屈ができないことがある。「曲げると痛い」と思い込んでいて、どうしても曲げられないのだ。「そんな方でも、猫が足元に擦り寄ってくると嬉しくなって、思わず『可愛いねえ』とかがんで手を伸ばして撫でたりします。『今、痛くありませんでしたか?』と尋ねると、『ああ、すっかり忘れていた』なんておっしゃいます」

いやはや、猫の力は偉大だ。「接客」だけでなく、痛みの根本的な理由にまで食い込んで先生をアシストしてくれる。
「そのうえ、うちの猫たちは終身雇用で、快適な住環境と美味しいゴハン以外はギャラなど要求しませんね。ですからもちろん、猫の接待やアシストで加算の報酬はいただきません(笑)」

「執務椅子をほぐしておきました」と白湯

お見送りもお任せください
小豆、白湯、チャイのほかにも、今は全部で7匹の猫たちと暮らす中野先生。茶トラの小紅(12歳♀)は、半ノラで迷い込んできて整体院に居ついたため保護した猫だ。アムロとシャアの兄弟(6歳♂)や、今年新たに一員となった三毛のみつ豆(3ヶ月♀)は、多頭飼育崩壊の現場で保護された猫を迎え入れた。「もともとは犬派の私でしたが、店舗に居ついた猫がお客さんに人気となったことが、大きな転機となりました。今の店のコンセプトは『猫がいる整体院』。猫のいない生活など、もう考えられません」。

ちょっぴり繊細だったけれど、人が大好きな甘えん坊に育った白湯

キュベレイの猫スタッフたちは、気が向くと待合室で施術が終わるのを待ってくれたりもする。「施術時間は40分ですが、時間になると仕切りの扉をカリカリして教えてくれることもあります。タイムキーパーの役目もできるんですよ」。

施術で身体が楽になり、扉を開けば猫スタッフの「おつかれさま」の「ニャー」。「どう? パパの施術、すごいでしょ?」。アフターフォローも満点の整体院だ。

整体院キュベレイ
長野県安曇野市穂高有明7405-23
TEL 090-3094-4976
営業時間:8:00~19:00
定休日:日曜
http://www.cybele.bz
X(Twitter):@cybele_nakano

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