寄りそう猫「虐待から救われて」

夜の公園でボール代わりに蹴られていた豆ちゃん。救ってくれたのは、通りかかった伸子さんだった。

豆ちゃんは、4歳の茶白の雄猫。伸子さんとのふたり暮らしだ。

豆ちゃんの苦手なものは、外を通る男の子の元気な声や、サイレンや、工事の音や、ビニール袋のカシャカシャ音。

だいぶ落ちついてきたけれど、やってきたばかりのときは、苦手な音がするたびに、パニックになって、ガタガタ震えだしたものだ。

今でも、キャリーに入れようとすると、口から泡を吹くほど怖がるので、動物病院にも連れていけない。

伸子さん提供

そんな豆ちゃんと伸子さんが出遭ったのは、3年半前の9月のある夜。

その夜のことを思い出すと、伸子さんの胸は今でも怒りと悲しみで張り裂けそうだ。

友人宅からの帰り道だった。この公園を横切れば、すぐ自宅。誰もいない公園で、高校生らしき男の子が、サッカーの練習のように、何かが入ったコンビニのビニール袋を蹴り上げていた。

背後を通り過ぎようとしたそのとき。ビニール袋は思い切り高く蹴られ、宙でくるくると回転して、中から転げ落ちたものがあった。

伸子さんは目を疑った。落ちてきたのは、猫!それも、まだ半年くらいの。

子猫は、ずりっずりっと足を引きずり、死にもの狂いで車の下まで逃げ込んだ。

「こらあーっ」

その時、初めて伸子さんに気づいた高校生は、自転車に飛び乗り一目散に逃げた。

「どうかどうか無事で」と祈りながら、猫餌と毛布を取りに自宅に走り、急いで戻ったが、車の下に子猫はいなかった。

あちこち必死に探し回り、ようやく垣根の下でうずくまっている子猫を保護。

「口から血が出て、左脚はだらーんとしてて。怯えきって、動物病院に連れて行くときも、ガタガタ震えて失禁するほどでした」

口の中がぱっくりと切れ、犬歯は折れ、足は打撲。耳の中がきれいなので、もとは飼われていた猫らしかった。

警察にも届け、自分でも夜な夜な公園で張り込んだが、その高校生を見つけ出すことはできなかった。

保護した豆ちゃんの怯えが収まらないため、しばらくの間、伸子さんは、赤ちゃん用抱っこ紐で、豆ちゃんを抱っこしたまま、家事をしていたという。

そんな豆ちゃんをおおらかに迎えたのが、先住のおばあちゃん猫コンビ、「ぶったん」と「てったん」だった。やはり子猫のときに保護された姉妹である。

豆ちゃんがやってきて半年後、18歳のぶったんは天国へ。いつも一緒だった片割れを失ったてったんは、そのショックから、てんかんを発症してしまった。

最初の発作のとき。「ぎゃーお、ぎゃーお」と鳴き叫んで、てったんの異変を伸子さんに知らせに走ったのは、豆ちゃんだった。

その日以来、豆ちゃんは、夜中のてったんおばあちゃんの徘徊にも付きそい、発作のたび、すぐ伸子さんに知らせた。

「てんかんを抑える薬を朝晩てったんに飲ませていると、豆ににらまれました。『てったん姐さんがそんなに嫌がってることを、なんでのんちゃんはいつもするの』って」

てったんへの豆ちゃんの敬意はたいしたものだった。ご飯を一緒に出しても、てったんが口をつけるまでは、食べ始めようとはしなかった。

「外で怖い思いをしたのかい。もう安心だよ」と、自分を包み込んでくれたてったんの、21年間の最後の日々に、豆ちゃんは、伸子さんと共にそっと寄りそった。

少女の頃から、弱いものが虐められているのをけっして許せない伸子さんだった。

中学生時代には、先輩男子たちが、公園の砂場に子猫の体を埋め、小石当てゲームの標的にしているのを見るや、先輩に馬乗りになって殴り続けた伸子さん。その子猫は、実家で24歳まで長生きした。

この前も、店の客であるマダムが「娘が子猫をもらってきたんだけど、見て呆れたわ。雑種なのよ。公園に捨ててきたわ」と話すのに、血が逆流。

どこの公園か聞きだしたあと、「アンタだって雑種でしょ」と言い放ち、公園に駆けつける。ちょうど、やさしい家族が子猫を保護したところだった。

仕事が休みの日には、人間からさまざまな仕打ちを受けた猫たちがいるシェルターに、お手伝いに通う。

「豆、ごめんね。なんで、私たちが謝っても謝っても許してもらえないようなひどいことのできる人間が、世の中にいるんだろうね」

いつも、こう豆ちゃんに話しかける伸子さん。

そんな伸子さんが、豆ちゃんは、大好きだ。

守ってくれる人がいる。あたたかい光の中で。

 

寄りそう猫
佐竹茉莉子・著

定価:1320円(税込)
単行本(ソフトカバー)
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※この物語は、2019年発行当時のものです。

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